つまみ

balab通信

街の記号 その5:ヴェネチア

11年02月04日

「世界でもっとも美しい街はどこか」と問われれば、私は迷わず「ベニス」と答える。

寂れてしまった商店街を表象する分かりやすい記号はシャッターだった。分かりやすいという意味で、ベニスは圧巻だ。サンマルコ広場やゴンドラやベネチアングラスなど、ベニスの街のすべてが記号といっても過言ではない。とにかく写真になる街だ。

といっても、私はまだ1度しか行ったことがない。たった5日間の滞在だったけど、今でもその風景が目に浮かぶ。ベニスを舞台にしたくなる映画監督の気持が分かる気がする。

デイヴィッド・リーン監督の映画「旅情」の冒頭は、もうすぐサンタルチア駅につく列車の中で、16mmカメラを片手にはしゃぐジェイン(キャサリン・ヘップバーン)で始まる。ラストシーンもまたサンタルチア駅だ。くちなしの花を手に見送るレナート(ロッサノ・ブラッツィ)に、列車の窓から身を乗り出して大きく手をふるキャサリン・ヘップバーン。何度観ても泣ける映画だ。

レナートの経営する骨董店がある広場で、カメラに夢中になってジェインが運河に落ちる。その広場のマンホールからハリソン・フォードが登場したのが映画「インディアナ・ジョーンズ 最後の聖戦」である。

007の映画シリーズにはベニスがよく登場する。「ロシアより愛をこめて」や「カジノロワイヤル」のラストシーン。「ムーンレイカー」では、特別なベネチアングラスを調べに、ジェームス・ボンドが名門ホテルのダニエルに宿泊する。

ベニスでもっとも印象的で耽美な映画といえば、ルキノ・ヴィスコンティ監督の「ベニスに死す」だろう。マーラー5番の第4楽章 アダージョの甘い響きが、美少年にほのかな思いをよせる老いた作曲家の気持を表象している。この作曲家はグスタフ・マーラーをモデルにしている。マーラーのなくなった1911年の翌年に、ドイツ人のトマス・マンが原作となる小説を発表した。

映画の舞台は、アドリア海を臨むリド島の真っ白なホテルだ。ダイニングを走る真っ白なセーラー服姿の美少年と、黒いスーツに身をつつみロビーの椅子に腰かける作曲家のコントラストが印象的だ。ラストシーンは陽光あふれる砂浜だった。

venice.jpgだから、数あるベニスの記号のなかで、この1枚といえばアドリア海の写真にしたい。2匹の犬をつれて、誰もいない海辺を散歩する女性のシルエットがアドリア海の太陽に映える。夏の過ぎ去ってしまった砂浜に、たくさんのパラソルが寂しそうに並んでいた。

小川克彦